029『文學界』4月号 新人小説月評に「バリ山行」を取り上げていただきました。そして思ったこと(お知らせ×日乗)

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評者は渡邊英理さんと、宮崎智之さん。お読みいただきありがとうございました。

感謝の気持ちを込めて、文學界4月号の表紙を描いてみた。特に意味はないのだけれど。

渡邊英理さん。言語の共有性について書かれた冒頭の文章が非常に印象的だった。

小説を書くことは、自己を掘り下げることで、それはどこまでも"たったひとりのわたし"の行為なのだが、"共有可能な普遍化"された「ことば」で書くということは、やはりどこかに他者を想っていて、それは物理的には掘り進めた先に世界が拡がることになる、このパラドキシカルな地球という球体に住む我々への示唆でもある。離れるということは、つまり近づくことでもあるのだ。

渡邊さんは、「バリ山行」を二つの危機を並べて、現代社会を批評する作品だと評してくださった。我々は日々何の為に生きるのか。生き延びねばならないのか。そもそも生きるとは何か。社会的な存在としての自己、あるいは生物としての自己。個、他者、関係性。いや存在の概念は自己を超越し得るのでは--。(その手がかりは他者不在を仮定した山で体験する幻想にあったのかもしれない)というテーマはまた今後の作品に引き継いでいく。

評題「分かると分からないのあわいで」いい言葉だ。分かるということの横暴さを引き受けて、脂汗を流しながら、しかし分らず、問い、問いながら書き、そのあわいでとどまり続けること。そんなことを思う。

宮崎智之さん。「不確かな世界と言葉」この評題も好きだ。世界とは、必ずしも大きな世界だけではない。それぞれの世界があり、社会という世界があって、コミュニティ、職場、学校、家庭、あなたとわたし、わたしだけの世界もある。それがどれほど小さく、また卑小なものであったとしても、嗤う勿れ。例えばひとりのこどもの世界の切実さは、最も大きな世界のそれと等しい。この世界がどのようにして成り立っているかを考えれば、それは当然なのだ。

全く世界というものは不確かで、私たちは常にその変転に晒され、流され、のまれ、そうして抱かれている。そんなフラジルな世界の不確かさこそが受容に転換されるはずだ。というのも今書いている作品のテーマだったりする。

"不確かさに身を晒し(中略)恐る恐る辿るうちに視界がひらかれていくのかもしれない。言葉を書き、読み、つないでいくことも、そういった営為なのではないか"(宮崎さんの時評より)

私もそう思います。

奇しくも今回の二つの評には互いに親和性があったようだ。読んでいて私は無性に小説を書きたくなった。

読売新聞(2/27朝刊)文芸月評で「バリ山行」を取り上げていただきました。--衝撃の事実!

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衝撃の事実! すみません。こんな下衆なタイトルで。ちょっとやってみたかったのだ。

この読売新聞の文芸月評は見逃していて、慌ててバックナンバーの新聞を探した。

過去の新聞ってどこで買えるのだろう? 売店やコンビニの売れ残りは早々に廃棄だろう。捨てられている近所の新聞束を漁るのはさすがにマズいので、調べると、販売店(配達所)で買えるらしい。

さっそく読売新聞の販売店を探して買った。(大抵の販売店は駅から遠い)因みに事前に「読売新聞の月評はいつ載っている?」とchat GPTに訊くと、2/25の日曜日の朝刊だと教えてくれた。ほんとか? と念押ししても間違いないと言う。

しかし2/25の朝刊を買ったが、載っていなかった。私は再び販売店に行った。2/27の朝刊に載っていた。うーん、AI。

小池さん、男前ですね。

「バリ山行」載っていました。ありがとうございます。

と、ここで驚いたのは、

「奇をてらわぬ作風で、現在の文芸界ではむしろバリというべきアプローチが新鮮だ。」

あれ? 俺ってバリだったの? 普通の文体、普通のリアリズム小説を書いて、てっきりド正道と思っていたけど。えぇーマジかよ。

確かに、普通の話を普通に書いて、それでよくデビュー出来たよな、とはいつも思うけれど……。現在の文芸界では、俺って異端だったのか。びっくり。

あぁ、そうか、じゃあ俺も書くよ。奇をてらったやつを。すごく奇をてらったやつを。--というのは冗談だが、まぁ、そういうのはおいおい。

とかなんとか思っていたら、なんだwebで読めるじゃないか。https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/articles/20240226-OYT8T50154/#google_vignette

評者の文化部の武田さんは以前に「カメオ」も読んでくれていた。ありがとうございます。

ということで、作品とともにどうぞ。

いつかの冬の六甲山

これ、モノクロに見えるでしょ?

モノクロなんですよ。

共同通信・文芸時評「いま、文学の場所へ」2月 で「バリ山行」を取り上げていただきました。

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渡邊英理さんの共同通信・文芸時評「いま、文学の場所へ」の二月版で「バリ山行」を取り上げていただきました。

ありがとうございます。

「いま、文学の場所へ」素敵なタイトルだ。

拙作は「生きる能力とは」と題されて評していただいた。ありがたい。

「生きる」こと。それ、そのままを小説に書きたいと私はいつも思っている。だから「生きている」人に作品を届けたい。汚さも、狡さも、いい加減さも、醜さも、浅しさも、強慾も、気高さも、勇敢さも全部引っくるめて、ちゃんと生きている人に届けたいなぁ、などと考えている。

今回はwebで拝読したので、紙面はない。イラストもないので、いつかの山行の自撮り。

渡邊英理さん、ありがとうございました。先生の「中上健次論」、はやく読まねば。

※山は安全第一で!➕安全第一➕

朝日新聞(2/23朝刊)文芸時評に「バリ山行」(群像3月号)を取り上げていただきました。

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評者の古川日出男先生には群像新人文学賞の選考でもデビュー作となった「カメオ」をお読みいただきました。ありがとうございます。

真の”読書”の豊かさ 新しい「視野」で境界超える

かっこいい評題だ。

私も、今、この時代にこそ、読書の「たのしみ」「豊かさ」を多くの人に知って欲しい。スマホで、かいつまむようについつい見てしまう話題より読書はおもしろいのだ。

おもしろかった、と思ってもらえてる作品を書いていきたい。

今回も古川先生より、ありがたいお言葉をいただき、嬉しい。

WEB「朝日新聞デジタル」でも読めるようなので、もし良ければ作品とともにどうぞ。

https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S15870256.html

創作「バリ山行」を群像(2024年3月号)に掲載していただきました。

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中編小説「バリ山行」を群像3月号に掲載していただいた。

デビュー作の「カメオ」(群像新人文学賞優秀賞)に続く二作目。所謂、受賞後第一作だが、あれから月日は流れた。もちろんこればかりを書いていたわけではないが、この作品は、山をテーマに長編三本を書いて、混ぜて煮詰めて絞り出して、やっと出来た。ようやく機会が巡ってきて、この度発表。

宣伝 看板(自主制作)

山の話だが、これはいわゆる山岳小説ではない。お仕事小説だろうか。わからない。が、「なぜ山に登るのか?」という例の問いはちゃんとある。

私がひとりで展開する「オモロイ純文」運動の嚆矢に相応しい作品となった。つまりオモロイのだ。

しかし、せっかくのオモロイ純文も読まれなければ意味が無い。宣伝、宣伝、宣伝。ということでCMを作った。

編集部が噛んでないので非公式だが、自分で作っておいて非公式というのもおかしいので、「自主制作」というのが適当だろうか。

「バリ山行」自主制作CM

そんなことより原稿を書けと怒られそうだが、これはアプリでかなり簡単に作ることが出来る。風呂に入ってる間にだいたい作られたほど簡単。手がかかったのは、久しぶりにギターを引っ張り出して効果音を入れたことぐらいだ。

ということで、みなさん『群像』を(できれば)本屋さんで買って読んでくださいね。

松永K三蔵

WEB中公文庫 「私の好きな中公文庫」第27回にエッセイを書かせていただきました。

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中公文庫いいですよねえ。好きです。改めて本棚を見ると結構持っている。そんな中央公論新社さんにお声がけいただいて、書いた「私の好きな中公文庫」。

中央公論新社さんと言えば谷崎。大好きな谷崎潤一郎。私の好きな谷崎潤一郎について、地元とも言える芦屋を絡め、ルポ風に写真も載せて書かせて頂いた。

WEBなので、こちらから読めます。

よろしくどうぞ。

https://chuokoron.jp/series/124215.html

群像の連載リレー書評「文一の本棚」の第四回を担当させて頂きました。(群像2023年10月号)

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きれいな表紙の10月号

群像2023年6月号からはじまった連載書評「文一の本棚」

これは講談社の文一こと講談社文芸第一(単行本はもちろん、読者家諸氏を唸らせる、あの「講談社文芸文庫」を出している)そんな文一から出た本の中から、その回を担当する書き手が思い入れのある一冊を選んで書評エッセイを書く、というおもしろい趣向のリレー連載。

前回は永井みみさんが村上龍さんの『コインロッカー・ベイビーズ』を選んでおられた。

ということで私が選んだのは

講談社文芸文庫 道籏泰三さん編の「昭和期デカダン短篇集」

これはアンソロジーで、道籏先生が「デカダン文学」と睨んだ、短編13篇を収める。

葉山嘉樹、宮嶋資夫、坂口安吾、太宰治、田中英光、織田作之助、島尾敏雄、三島由紀夫、野坂昭如、中上健次。

所謂デカダン作家ばかり、ではないこのチョイスがおもしろく、またいずれも私が心惹かれる作家なのだ。道籏先生と言えば、先日、ついに岩波文庫から出た「中上健次短篇集」を編まれておられた。

私などが書評とは、全くもって僭越の極みだけれど、半分はエッセイなので、みなさん、読みものとして気楽に読んでくだい。

小説TRIPPER 2021秋号 文芸季評で「カメオ」を取り上げて頂きました。

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季刊文芸誌 小説トリッパー 中村真理子さんの文芸季評 「絶望の衝撃と希望のケア」で、拙作「カメオ」が取り上げられた。ありがとうございます。

眩しい。いい表紙。

一部引用。

“可能性を強く感じた異色作”

“カメオォォー!と叫びたくなる”

例のごとく良いところだけ紹介。

異色作。

確かに「カメオ」は純文の作品としては異色かも知れない。少なくとも純文の新人賞向きじゃないだろうと思っていた。これは勝手に誇張された幻影なのかも知れないけれど、応募者にとって新人賞とは“面妖”なもので、そこには実験性が求められたり、過剰さ、新奇さを期待されているんじゃなかろうかといろいろ推測してしまうわけだ。それは主題であったり文体の試みであったり。

それからすると、「カメオ」はひどく“普通”なのだ。平凡。ただの物語。それは却って異色なのかも知れない。それだけに私の中では「カメオ」で賞を頂いたことは意味深い。純文学って何? そんな問いには、最もシンプルで平易な言葉で答えたい。グッとくるもの。だから、おもしろくてグッとくる。なんだかどこかで聞いたようなキャッチコピーだが、私はそんな「物語」を書いていきたい。

あと、“叫びたくなる”

ありがたい。グッときたら叫びたくなるよな。私もだ。書きながら何度も叫けんだ。大学の文学部の友人は、娘たちとお風呂の中で叫んでくれたらしい「カメオォォー!」

「カメオ」が読めるお店 7CAFE(ナナカフェ)幡ヶ谷

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バックナンバー取り寄せや、図書館に行かなくても「カメオ」(群像7月号掲載)が読める。しかも、スペシャリティコーヒーやスコーンなどをお供に。今回はそんなお店の紹介。

幡ヶ谷駅から歩いて30秒の好立地

7CAFE

http://7cafe.jp/

東京都渋谷区幡ヶ谷2-13-1平沼ビル1F
*京王新線幡ヶ谷駅北口から徒歩30秒
◉OPEN 11:30〜
◉平日CLOSE(日〜木) 22:30(21:30L.O.)
◉週末CLOSE(金土) 23:15(22:30L.O.)
◉定休日 火曜日

マスターは古くからの友人で、昔はよく私の果てしない文学談義に付き合ってくれた。

お店には、コアなチョイスの本が並ぶ。本好きにはたまらない。見てるだけでも絶対愉しい。

壁には太宰の「走れメロス」が貼り付けてある。これはバエる。

でもって、そんなマスターに私はデビュー前、いくつか作品を読んで貰って、いろいろアドバイスや感想をもらっていたのだ。

群像新人文学賞のことを伝えると、お祝いを頂いたので、私としては当たり前に「カメオ」も店に置いてくれるものだと思っていた。が、「チェックしてからね」と、マスター審査に合格してからと言うのだ!(厳しい!)

で、(なんとか)無事にマスター審査に合格し、この度「カメオ」が載った「群像7月号」をお店の本棚に並べてもらえることになった。

初めてPOPを作った。ラミして送る予定。

「カメオ」未読の方は是非、7CAFEでどうぞ。

早い人なら一回で読めなくもないが、「琹キープ」なんて粋なサービスもある。気になる本ばかりなので、他の本にも手を出して、琹キープで行きつけににするのもアリ。

かなり落ち着ける。読書にも最適なお店だ。

居心地最高だ。
名物 ババンヌ。 お茶はもちろん、お食事も。

あ、因みに、審査の一件でもわかるようにマスターはそんなに甘くないので、いつまでも「群像7月号」が並んでるとは限らない。急げ、急ぐのだ。