
柴崎友香さんの『帰れない探偵』の書評を書かせていただいた。
オマエ、ふざけんなよッ! なんだこの書評!って怒られはしないかと思ったが、さすが新潮、寛大なお心で受け止めてくださった。感謝。

おい、お前、なんやねんこのタイトル。
そう思った方はとりあえず読んでみてください。
柴崎さんの新刊『帰れない探偵』。
柴崎さんには群像新人文学賞でお世話になりました。

皆さん、読んでね!
松永K三蔵

柴崎友香さんの『帰れない探偵』の書評を書かせていただいた。
オマエ、ふざけんなよッ! なんだこの書評!って怒られはしないかと思ったが、さすが新潮、寛大なお心で受け止めてくださった。感謝。

おい、お前、なんやねんこのタイトル。
そう思った方はとりあえず読んでみてください。
柴崎さんの新刊『帰れない探偵』。
柴崎さんには群像新人文学賞でお世話になりました。

皆さん、読んでね!
松永K三蔵
やります。コレは面白い。


なぜならば、お相手してくださるのは「しんめいP」さん。会ったこともお話ししたこともない。(メールだけ)でもなぜかめちゃ仲良し。
実はご著書がとても気になったので、私の連載している読売新聞の書評コーナーでご紹介させてもらったのだ。『自分とか、ないから 教養としての東洋哲学』(サンクチュアリ出版)

素晴らしい本だ。(大ベストセラー)みんな読んで。東洋哲学をとてもわかりやすく、おもしろく解説してくれている。とても勉強になります。

↑ こんなチャート二度と書けない。笑。
で、いろいろご縁があって、啓林堂書店さんのお計らいによってトークイベントができることに!
そしてこの啓林堂書店奈良店さんの書院SHOINが素晴らしいのだ。

めちゃくちゃおしゃれ。
一度行ってみたかった。



※写真は全て書院SHOINさんHPより
この魅力、十分に伝わっただろうか。
そんなオシャレな場所に

こいつと。
こいつだ!

しんめいPさん。
おわかりだろうか?
そう。
この服。

めちゃくちゃかわいいやんけ!
絶対、ヤバい人だ。ヤバかわいい。
ということで、よろしくお願いします。無料です!定員30人。
松永K三蔵
伊丹も地元と言えば地元。仕事でもよく知っている場所だ。そんな伊丹市の図書館さんからお声がけいただいた。「本の魅力を伝えて てください」と。

私で良ければさせていただきます。
私も図書館には大変お世話になった。この出版不況。とにかく本の魅力を伝えなければならない。スマホで動画やゲームにアクセス簡便なこの時代に。オモロさで「純文」が対抗できるのか。
まず普通の「オモロさ」。そして「純文学」というもののジャンルとしてのおもしろさを知ってもらえればそれは可能だ。
なぜならば、誰もが生きているのだから。「生きている」これこそが文学が数千年の歴史で取り扱ってきたものだから。「純文学」というのは日本独自の呼び名だが、ある意味ではわかりやすい。文学は単純に、生きることとこの世界をテーマにしているのだ。
「来たる!」と書いていただいた。ありがとうございます。でも伊丹の駅前のタリーズコーヒーはよく「来て」ました。
あそこのタリーズとても素敵な建物だ。


すごく落ちつく。
ということで、
9月28日 日曜日 よろしくお願いします。
皆さん、伊丹でお会いしましょう!
松永K三蔵

日経新聞と言えば、昔上司に言われたましたよ。「おい、オマエら、社会人たるもの日経新聞は読めよ」と。
デキるやつはみんな読んでる。みたいなかいしあのノリは苦手だったが、日経新聞の文化はもひとつ固いイメージがあってなんかいい。
そんな日経新聞の「文化」日曜随想にエッセイを書かせていただきました。大きい。目立つ。ら
親父に梨と一緒に持って行きました。ありがとうございます。日経さん。
ということで、当時の上司に私から一言。
「おい、日経新聞読めよ」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD26BQL0W5A820C2000000/
松永K三蔵

執筆のこと、専業(無職)になってからのことなどいろいろお話させていただいた。
今の私の一日が働く人の役に立つのかは分からんが、もともとあまり人付き合いはせず、とにかくシンプルに生活している。

淡々と見ていて退屈なくらい、ただ書いて、読んで、登って歩いて、その繰り返し。偉大なる退屈。美しい単調。そういうものだと思う。

小説はオモロく。日々は退屈に。

そんなことが理想です。
こちらから読めます↓
https://www.lifehacker.jp/article/2508-how-i-work-matsunaga/
松永K三蔵
作詞をさせていただくことになった。
故郷、茨城県日立市の中学校の校歌の作詞をすることになった。学校の再編で坂本中学校と久慈中学校が合併し、新たに「松風中学校」が誕生した。その校歌の作詞。
最初にお話をいただいた時、実は躊躇した。私のような者が校歌の作詞などをして良いのだろうか……。
それに、小説は30年書いてきたが、作詞はしたことがない。同じ言葉だけれども。
しかしよく聞けば、在校生徒のみなさんや地域の方が歌詞の言葉の案を出してくださるという。そうか、一緒に作らせてもらえばいいのだ。そう思った。……皆さんの言葉を繋ぐ裏方であれば。
それに、まだまだ未熟者の私ではあるが、いずれ作詞として私の名前を喜んでいただけるように、自分へのプレッシャー、戒めとしてお受けしよう。そうも思った。

今月の初旬、改めて日立市を訪れ、日立市の各所をご案内いただいた。
風神山から。

最初は霧がかっていたが、風神さんの像をお参りしてもどると奇跡の快晴に。
そして旧坂本中学校



まだ生徒たちの声が聴こえてきそうです。
そして旧久慈中学校に。(現 松風中学校)

三蔵じいちゃん。見てますか? (私の筆名の三蔵は祖父から)「三蔵」の名前が日立の松風中学校に記されますよ。
と、見ると旧久慈中学校の校歌を作詞をされたのは川崎三蔵さん。名前というのは不思議だ……。こんな巡り合わせがあるのだろうか。


思い出の久慈浜。私も毎年ここで泳いだ。海といえばここ。私の海はここにしかない。

久慈浜の灯台。

そして青春時代の彷徨いの中、偶然見つけた啄木の歌碑。「何事も思ふことなく いそがしく 暮らせし一日を忘れじと思ふ」

祖父の家(現 叔父の家)の近所にある泉が森

幼い頃、よく祖父と泉の水を瓶に汲みに行き、私はその水を祖父とともに飲んでいた。(当時はOKでした)

私の身体にはこの泉の水が流れている。
翌朝、また浜辺から曇り空の久慈浜を見て思う。

この海だ。母と、兄と親しんだ海。波に巻かれて死にかけた海。私の全身をつつみ偉大な力で持ち上げて押し流し、大きな存在を感じさせてくれた海。

「遊泳禁止」波が荒く濃霧のこの日はそう表示がしてあった。

浜辺で遊ぶ海水浴客。
私はどうしても波に巻かれて思い出したかった。あの海を。波を。そしてこれは大事の前の、私の斎戒沐浴になるだろう。

するとまさかの「注意して遊泳ならオッケー」というアナウンス。
行くしかない。濡れたハーフパンツは歩いていれば乾くだろう。45歳。おっさん。ひとり波に向かって駆け出した。中学生らしい男の子たち四人が歓声をあげながら追ってくる。私も勝手にその中の一員になって波に飛び込む。

ドッという波の圧、力、水飛沫。舌を出して汐を舐める。盛り上がる波の山を超えて沖に向かう。巨大に立ち上がる波の懐に潜り込む。トクトクと音が消えて海に呑まれる。
あぁ、何も、あれから数十年経ったが何も変わらないのだと、私は気が遠くなるようにそう思う。

もしかすると、私もあの頃から何も変わらないのかも知れない。そんなことを考えながら「やばい!やばい!」を連呼する中学生の“ともだち”の声を聴きながら、一時間近く私は波の中で遊んだ。
おまけ
いつも大変お世話になっている日立市立南部図書館にもご案内いただきました。


松永K三蔵コーナーが二つも。大感謝。
ご案内いただきました教育委員会の皆様、松風中学校の校長先生、教職員の皆さま本当にありがとうございました。
一緒に良いものをつくりましょう!

松永K三蔵
ニノこと嵐の二宮和也さんの新刊。かなり話題だ。オススメされて読んだ。書店で、それこそ平積みを探したが、もっと目立つところにデカデカと縦置きされていた。
なるほどー! そうか二宮さんも独立されたのだ。考えてみれば私は同世代。立場違うけれど(めちゃくちゃ違う)世代的にいろいろ思うところはある。あるある。いろいろ考える世代。

やっぱり第一線を走り続けている人は自分の「仕事哲学」というものがある。ふだんそれほど言わないのかも知れないので、それが聞けるのは貴重じゃなからろうか。
素のニノ。二宮さん。そんな一面も垣間見える一冊かも知れない。ファンの方はもちろん、ビジネスマン、独立した人、したい人にもオススメなんじゃなからろうか。

100の問いに答える形式なので、とても読みやすい。ニノ流哲学!
松永K三蔵
これ、ご存知だろうか? その年(前年)にいろいろな媒体で発表された、いろいろな人のエッセイの中から選りすぐりのエッセイを「ベストエッセイ」としてまとめたもの。

集めてくるのも、まとめるのも、選ぶ人も大変。ご苦労さまです。
そんな中、私のエッセイも選んでいただけました。昨年、芥川賞候補になった際に『文學界2024年8月号』に掲載していただいた「押せども、ひけども、うごかぬ扉」を採っていただいたのだ。
感謝。ありがとうございます。本が8/6発売です。

ちなみにこのエッセイは当時、文學界編集部から「何か名刺代わりになるものを」という謂わば、“仁義切り”なので、思い入れも強い。

それから実は同じタイミングで『新潮2024年8月号』にも、仁義を切ってある。エッセイ「私は道になりたい」だ。
これらは私の中で対になっている。

皆さんよかったら、『新潮2024年8月号』読んでみてくださいね!
松永K三蔵
8月9日14時からの神戸文学館土曜サロン
「オモロイ純文運動×神戸文学館 快男児檀一雄 呵々大笑の哀しみ」です。

料金は1,000円。参加者募集中。
申し込みはkobebungakukan@river.ocn.ne.jpまたは電話078-882-2028。

やります!
美食放浪記 から リツ子その愛、その死まで
みなさんよろしくお願いします!
松永K三蔵
ついに昨日から開催されました、日本近代文学館が開催する、伝統ある夏の文学教室。
その第60回目の今年、私もお話しさせていただけることになりました。これは大変名誉なことだ。

一方で、すごいプレッシャー。
1964年からつづく伝統ある教室。
サイトから過去の登壇者が見られる。
https://www.bungakukan.or.jp/event/summer/sum_arc/
誰が喋ってるんだろと思って見てみても、すぐにわからない。亀井勝一郎とか、尾崎一雄とか伊藤整とか、江藤淳とか、、、それは演題だろう。誰が喋ったのだ? としばらく見ていて、いやその今、演題になるような方が実際、喋っていたのだ、とわかって息を飲む。
これは、とんでもない……。

テーマは「孤独」。ひとりぼっちで書いてきた私にぴったり。
なのかはわからないが、とにもかくにも、無頼派の作家に影響を受けてきた私は、無頼派をテーマにということで、大好きな無頼派についてお話しさせてもらえて感謝。
とか思って他の先生方の演題を見ていたら、太宰治が多い。町田康先生に高橋源一郎先生。確かに「孤独」とくれば太宰治。これはありますね。
それにしても私は小説は書くけれど、研究者じゃないので、学術的なことは話せない。
どうアプローチするか……。でも、とにかくオモロイ純文教室になるように、笑いを狙っていきます。
みなさんどうぞよろしくお願いします!
お申込みは↓
https://www.bungakukan.or.jp/event/summer/
あと書籍フェアもあります。
