012 小説家、菊池寛の凄さ

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12/26誕生日、ちょうど最近ふいと読み直してやっぱり実感。菊池寛の凄さよ。

もちろん「文豪」に違いないのだが、文藝春秋の創業者という実業家のイメージが強くて、(英語的表現で言うと)世間からもっとも過小評価されている小説家のひとりじゃないか、と私は思う。いや、ちゃんと文豪と呼ばれて評価されているだろうと言う人があるかも知れないが、私からすると全然足りない。芥川という天才の陰に隠れがちだが、菊池寛こそが天才なのだ。

何が凄いって、とにかく作品がめちゃくちゃ面白い。代表作はもちろん、作品が悉く面白いという打率の高さ。つまり野球で言うところの選手兼監督で、名監督でありながら、打ってよし、投げてよしの名選手。純文学、歴史小説、大衆小説から戯曲まで、なんでも書いた、いや、書けた。そんな多才ぶりも逆に「過小評価」の一因なのかも知れない。

若い読者からすると、いわゆる文豪の作品というと、格調高い名文と(なんとなく)高尚な雰囲気が、(なんかよくわかんないけど)良かった‥‥。なんてことになりがちだが、そこにくると菊池寛のテーマ小説は非常に明快でわかりやすく、面白い。そして読後には、確かな「問い」をのこしてくれる。若い方にこそおすすめ。

いろいろ書いた人だが、殊に歴史小説は凄まじい魅力をもっており、ほとんどが短編なので、私は何度再読したかわからない。歴史ものの硬質な文章ながら、書きっぷりは人物が生き生きとして瑞々しい。「恩讐の彼方に」、「忠直卿行状記」などの代表作は今さら私が紹介する必要もないだろうが、未読の方は是非読んで頂きたい。

ここでいくつか紹介するが、これはあくまで私の思いつきで、この他にも代表作に劣らぬ素晴らしい作品がいくつもある。

『恩を返す話』

島原の乱に材をとった作品。戦場で、心ならずも、“いけすかない”仲間からいのちを助けられた甚兵衛。その借りを何とか返そうとする話。歴史小説だが、ここに描かれているのは、疑念、嫉み、躊躇い、他ならぬ人間の葛藤だ。哀しくもどこか愚かしい運命の中で必死に抗う人間の様は、決して古くならず、今に通じ、現代の我々も共感するところだ。抑えのきいた筆致が堪らない。

『仇討禁止令』

「私事は私事、公事は公事、この場合左様な御斟酌は、一切御無用に願いたい。」藩の命運の為、敢えて凶刃を握らねばならなかった男の運命。−−号泣。私はこれが菊池寛のベストだと思っている。めちゃくちゃ良い。いい感じのサムライ映画も撮っている山田洋次監督に土下座して頼み、映画化すべきだ(むかーし日活で映画化されたようだが)不肖、この松永も脚本に参加させてもらいたいくらいに大好きな作品だ。

因みに菊池寛の仇討作品ばかりを編んだ「仇討小説全集」なる文庫が講談社から出ている。(もう新刊はないかも)その全てが名作で、至宝とも言うべき本だ。もし見かければ手に入れられることを強くお勧めする。『仇討兄弟鑑』、『仇討三態』など、とにかく素晴らしい作品群。

最後に番外編ともいうべき抱腹絶倒の作品を。

『無名作家の日記』

今でいうところのワナビ小説なのだが、小説志望者の心理、有様は、今も大正時代も何も変わらないのだ。これは自伝的な作品らしいけれど、見事にカリカチュアされ、滑稽話に仕上がっていて大変面白い。が、私は素直に笑えない。あまりに身につまされるからだ。

で、すっかり菊池寛の作品を読みたくなった読者の皆様に朗報だ。今紹介した作品は全て「青空文庫」で読める。本当なら紙の本で、じっくり読んで頂きたいが、とっかかりとしてはまず「青空文庫」も良いのじゃなかろうか。さぁ、このサイトはさっさと閉じて、今すぐ「青空文庫」にアクセスだ。アプリで読むと縦書きになっておすすめ。

それではみなさん、良いお年を。

松永・K・三蔵