012 Microsoft surface X

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ごめん。パソコンを買った。前回、「道具函011のノートパソコン(Lenovo Think PadX270)を買った」記事で、「サーフェスとか買ってたらごめんな」と書いていてたが、ごめん、買ったわ。

言い訳をするなら、芥川賞を受賞してからパソコンを持って移動するということが格段に増えた。かなりヘヴィなLenovo Think PadX270の重量も「トレーニング」だと嘯いていた私も降伏。

でももちろんこのsurfaceは最新モデルではない。サーフェスX。これ、10なのか?

よくわからんが、例の如くAmazon 整備品。10万弱。画面背後のキックスタンドで立って、キーボードはペラペラだが、何よりタブレット使いができるので、これまでiPadでやっていたPDFのゲラにも対応できる。

丁度そんな頃、定職のパソコンもこのタイプのタブレットPCになった。キーボード具合を確認したが、まぁまぁThinkPadまでとはいかないまでも及第点。

ということで、軽いし、タブレットPCは必須なので買い替えた。ThinkPadはバックヤード、つまり自宅据え置き事務処理専用に。 

ところで、このsurface X。黒い。

ここはこだわった。デザインを? いや違う。私は何より実質を愛する。最新のパソコンはMacBookもそうだけど、シルバーが主流だ。しかしそれでは困る。とても困る。なぜか……。

あまりココでも大ぴらに書くのは憚られるが、実は近頃入れ替わった定職のタブレットPCもブラックだからだ。あまり詳しくは書けないが……つまりそういうことだ。

松永K三蔵

10/19(土)山野辺太郎さんとトークイベントやります!

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『バリ山行』『恐竜時代が終わらない』W刊行記念 松永K三蔵×山野辺太郎トークイベント
「仕事終わりのオモロイ純文」

10月19日(土)16:00~17:30
オンラインのみ(1ヶ月アーカイブつき)

2024年7月に芥川賞受賞作『バリ山行』(講談社)を刊行した松永K三蔵さんと、5月に最新作『恐竜時代が終わらない』(書肆侃侃房)を刊行した山野辺太郎さんによるオンライントークイベント。
ふたりのデビュー前から現在までの道のり、今作の内容について、会社勤め、オモロイ純文についてなど…… 作家仲間だから話せるここだけのトークをお楽しみに!

ということでやります。

私は初トークイベント。大丈夫やろか。いろいろとっ散らかるかも知れないが、皆さんよろしくお願いします。

いろいろ話そうと思う。例えば、見ていただける方の中には小説家志望の方もおられるだろうから、新人賞のこと、デビューのこと。今だからわかること。

執筆のこと、創作方法、コツなど。

もちろんお互いの作品のことにも話が及ぶだろう。そしてこれからのこと。このあたりにはお互いの文学観が出るだろう。

まず私が、尊敬する山野辺さんにいろいろ訊いてみたい。

コメント欄からの質問コーナーもある(たぶん)

ということでよろしくお願いします。

お申し込みはこちらから👇

https://note.com/kankanbou_e/n/ndd3404218c73

028 「バリ山行」の追い込み中にウサギに殺されかけた話

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今月は掲載月なので宣伝の為に「日乗」投稿も増やす。

今回の原稿の校了まで、かなり慌ただしい進行だった。しかし原稿の締め切りが明後日に迫った週末、私は娘とウサギカフェに行く約束をしていた。

娘よ、すまん。日本文学の為だ、今週は諦めてくれ。そう思って延期を申し出ようと思っていたが、妻から娘がとても楽しみにしていると聞いた。

でも俺はデカダン、無頼派だから(群像2023年10月号文一の本棚「昭和期デカダン小説集」書評参照)娘とのウサギカフェの約束くらいは簡単に反故にする。

と、思ったが、いや今こそウサギに触れてリラックスするのも、案外、創作に良いインスピレーションを与えてくれるんじゃないだろうか--。などと考えた。決して娘に約束を断れないからじゃない。俺は無頼派だから締め切りの近い原稿を放り出してウサギカフェに向かった。(一応原稿は持って行ったけれど)

そうしてコーヒーを飲んでちょっと原稿をやり、いざウサギさんとの触れ合いタイム。ガラス戸で区画されたウサギルームに。幼気な小動物の癒しパワーが私に創作のインスピレーションを与えてくれるはずだ。

フワフワと柔らかいウサギたちを抱っこして程なく、私は胸のあたりに何かを感じた。来た。胸を騒がすような、いや、しかしこれはインスピレーションではなく、気管を内側から毛で撫でられるような違和感。

私は咽せた。ん? 痒い。あ、ヤバい。これ。私手で胸を押さえる。「え? どうしたん?」と妻。ごめん。と慌ててウサギルームを出る。喉を伝って沸き上がるような内側からの痒み、ざわざわと胸の中が騒つく。あ、これ、俺なんかのアレルギーやろか。咳き込む。ヤバい、これあれやろ、アナフィラキシーやろ。ゲホゲホゲホ。

私は喘息持ちである。ヤバい締め切りがあるのに、ウサギカフェで呼吸困難って、「すみません、原稿ダメでした。いや、ウサギが、その‥‥」と編集部にアホな報告をしなければならないのか。洒落ならんでコレ。いや、下手をすれば遺稿。未完の遺稿。同じ兵庫県出身の故車谷長吉先生は烏賊にやられたが、もしかして私はウサギだろうか‥‥‥。松永K三蔵、ウサギに殺される。そんなことも考える。

ウサギルームを飛び出して、洗面所でうがいして、顔を洗い、手を洗ってやっと少し落ち着く。

ふぅ、ふぅ。危なかった。癒しと霊感を求めて来たのに、危うくウサギに殺されるところだった。

そうして私は辛くもウサギに殺されず、インスピレーションは受けたかどうかわからんが、なんとか「バリ山行」を校了したのであった。

みんなもモフモフウサギさんには気をつけね。

ちなみに原稿追い込み期間中、実は妻の誕生日だったが、ほとんど徹夜の日もあったりで、それを私はすっかり失念していた。

校了して、あ、と気づいて「ごめん……」と謝ったが、妻は「誕生日? そんなんどうでもエエねん!」と全く天晴れな女傑振り。いつもほんとお世話になっております。

松永K三蔵

◾️宣伝◾️ 群像2024年3月号(2月7日発売)

神戸、六甲山が舞台の山の小説です。

「バリ山行」自主制作CM

025 手書きのスゝメ 

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「君は箸で湯豆腐が食えるのか?」

と言うことで、何も大袈裟に創作論を打とうというのではなくて、noteの記事で万年筆を紹介した行き掛かり上、手書きについて書いてみる。

noteの記事☟ 書くための道具たち。万年筆

https://note.com/mksanzo/n/n37a0af55865f


私などの創作術は全くアテにならないが、しかしもし、書きあぐねている人がいれば、
これもひとつの事例として参考にしていただければと思う。

手書きへのこだわり、と言うよりも(少なくとも私の場合)初稿は手書きでなければならないだが、今どき手書きというと、文具、あるいは筆記具フリークの趣味の世界と思われそうだけれども、そういうことではなく、これはあくまで実用の話。大切なのは実質。

そもそも物を書くということとはどういうことなのか? (ここでは創作、つまり小説や詩に限り、記事やレポートとは区別する)
「書く」という行為は、ひとつの行為のように見えるが、紙にあるいは画面に文章が立ち現れていくまでを分解して見てみると、まず自分の中にある、まだ形にならない観念や情感、感覚をフォーカスして捉え、言語化して、文法にあてはめて文章にして、やっと何か道具を用いて、文字にするという一連のプロセスがある。

それらを我々は認識の上では省略しているが、知らず知らずにその工程を踏んでいるのだ。


例えばそれがレポートや記事、解説書、案内文など、それら文書(ドキュメント)であれば、
その意図するところ、書かれるもの、対象が明確なので、当然に工程が違ってくる。
対象を描写し、要約し、まとめ、整理して書く。そういうことであれば、いきなりPCで良いと思う。寧ろその方がいろいろ便利だし、早いだろう。

しかしながら創作の場合はそのようにはいかない。創作の書くべき対象は自分の中にあるもので、それはひどく曖昧で、輪郭の整わないものだ。それらを一足跳びに、すぐに文字に書き表すことは難しい、いやそれをするのは、とても危ういことなのだ。



私の中から生み出されたばかりのことばは、曖昧で、いい加減で、Rudeで、傲岸で、弱く、不安定で、そして精気に満ちているはずだ。例えばそれは、ことばも覚束ない幼児が鉛筆を握り込んで描く、ぐるぐるのように。意味を成さず、しかし何ものかを表して、伸びやかで力に溢れ、そしてピュアだ。

ちなみに手書きノートはこんな感じ


だから私の初稿の手書き時点では、主語が定まっていなかったり、てにをは、文法も崩壊している。それは何かになる以前のもので、ヴァネラブルな、移ろいやすい、変化の余地を持った、あそびのあるものだ。

もちろん創作の場合であって、慎重に言葉を選択しながら、いきなりキーボードで文字を連ねていくことは可能だが、私の感覚からすると、それは些か性急なように感じてしまう。
非言語の感覚が、いきなり目の前に文字として現れ、統一された正確なフォントで行儀良く均一に並ぶ。違和感。産まれたばかりの生き物が、すっくり立ち上がって訳知り顔で話しかけてくる。そんな面妖さ……。

言うなればそのわたしの中の、言語以前の観念は、湯豆腐みたいなもので、ほそく尖った箸ではつかみとれず、無理に掬うとたちまち崩れてしまう。ああいうものを掬うには、やはり穴あきの、触りがやさしい、木製のオタマみたいなのが必須なのだ。


するとそれはモノを書く上でどういうものかというと、やはり手書きの道具になるだろう。
私はノートに向かい、ペン持ち、わたしの中の「それ」をゆっくりさぐりながら文字にしていく、すると途中で変化する、文法の枠を越えて流れ出す、動く、ずれる、引っぱられていく、その流れにのりながら、揺蕩い、落ちぬように追いながら少しづつ文字を繋いでいく。そうやって書き上がった初稿(とも言えない文字らしきもののつらなり)は、またまた料理で例えると、ことばのスープ。鶏ガラスープ、ブイヨンベースみたいなもの。 しかしこれがないと料理ができない。
それをPCで少しずつ、摘まみだすように択び、整え、文字を拾って文章にしていく。

その過程はこんな感じ☟ 書くための道具(ノートとか)

https://note.com/mksanzo/n/na9348cf3b4af



手書きも大切だが、やはり現代ではパソコンも大切。とても有効なツール。
成果物をモニターできて、編集も容易。簡単な校閲もしてくれる。推敲にも役立つ。打ち出して活字化した時の体裁を俯瞰できる。読まれる状態のものをシュミレートできる。印刷してみてそこで読むと、粗がたくさん出てくる。
データで眺めていた原稿とは見え方が随分と異なる。ということでやっぱりパソコンも大切。 妙なこだわりよりも、やはり実質。

PCで何度も推敲し、ようやく見えてくる。そうやって形にはなるのは、だいたい六回目の推敲ぐらいだろうか。
小説は企みなので(小説家は油断のならない人種)どうやれば読み手が食いつき、ハマり、勘違いして読み進めるかを考え、入れ替え、並べ替え、構成の中で仕掛け、整え、リズムをとって仕上げていく。

そう、つまり未だ形に成らざるものを掬うには、いきなりパソコンではシャープすぎるのだ。 手書き道具は必要な道具だ。用途。
もちろんPCで自分の中のものをいきなり文字に書き出しても、一応は読み物になっているが、やはりPCによる直接的な活字体の文字の打ち出しというのは、シャープすぎて、完成されすぎている。形にはなっているが、それはまた別のもので、成型したものは私が意図したものではない。

私は以前に、一度焦っている時期に、それこそ初稿からいきなりパソコンで打ち出したことがあった。頭に物語はある。それをわざわざ手書きして、またPCで打ち込みながら写すというのもまどろっこしい。 そう思ったのだ。
無論、文字にはなる。文章にもなる。筆が進まないわけでもない。快調に書ける。いや書けすぎるのか? 明滅する画面にバチバチバチバチと文字が生まれていく。
しかし、立ち現れた物語に私は不在だった。あれ? 何を書きたかったのだろう。アイデアもある、ストーリーもある、だがエスプリがない。冷たく硬化し、固定化した文字ばかりが並ぶのだ。カタチばかりは小説になる。が、私自身、それに魅力を感じられず、そう思いはじめると、パタと手が止まって、キーボードから指が浮いた。もっと有機的に息づく文章。そういう柔らかさが必要だと感じて、PCを閉じ、ノートとペンを持った。

道具たち




書きあぐねている人へ

もし小説を書いているあなたが、いきなりPCを使って物を書いているとすると、あなたはその固定化した文字への抵抗を敏感に感じてしまっているのではないだろうか? 書きたいものがあるのに、うまく書けない。いや、うまくなくていい。寧ろうまくない方がいい。誰かの評価や承認というのはこの際どうでもよいことで、純粋に自分の中の何かを文字にできれば、それだけで十分なのだ。
あなたの頭の中のことばはもっと繊細で柔軟で、無形だ。いきなり文字化はできないものだ。ひと飛びに、急ぎ過ぎたのかも知れない。ひとつ騙されたと思って、手書きしてみることをおすすめする。

ということで、下に私のおすすめの文具のAmazonのリンクを貼っておこうとしたが、懐にカネが入るアフィリエイトのやり方が私はわからないので、今回は諦める。みんな街の文具店でアピカのノートとkakunoを買って、朝のコーヒーショップ(環境も大切)でノートを開くのだ。



★付録★

因みに、私の言うところのことばのスープ。そんなものが実のところかなり残ったまま(あるいはそのまま)活字になっているんじゃなかろうか、なんて私が勝手に思っている小説家を、その一文とともにご紹介しよう。
この人がいかにしてこの文体を会得したのかは全く謎。奇跡。いや会得ではなく、それはそのまま源泉掛け流しのようなものだろうか。

とんとんと足ぶみし、棒をさしこみ、死人葛を幾重にもからませ、ほっと溜息ついてたかを、なおいとしそうにつるの綾なすのをなでそせる、月光浴びて、はだけた胸からかた方の乳房がこぼれ、ふともも半ばあらわとなっていて、節夫は今眼にした光景よりも、その輝くばかりの白い肌と、横顔にみとれるうち、たかをついと節夫に視線をむけ、そこにいたことを知っていたのか、なんのらこだわりもなく、こにりと笑いかけたーー
(骨餓身峠死人葛)

私は、新潟へ来てはじめて涙がにじみ、土蔵へもどると文子をほうり出すように置いて、泣きふした、じっとしていたれず、表へと飛び出し、またもどって母屋にしのびこみ、いちおう見当のつくあの部屋この部屋、意味もなく歩いて、あるいは襖をあけ障子をひくと、そこに母がいるようにな、いや、ただじとしていられなかったのだろう、戸外闇が急に怖ろしくなり、そこへカチカチと忙しく柝をうつ音が聞こえて、まだ誰かいる、いれば誰にでもすがりつきたく、耳をすますとそれはとなりから聞こえていて、裏口へまわりのぞくと、くらい室内に老婆すわっていて、左手をふりながら経をよみ、手のうごきにつれて音がひびく。
(死児を捨てる)


大天才 野坂昭如の文章である。
私は行ったことはないが、小説教室で出せばまず添削、ダメをくうだろう。もはや野暮な説明は不要。感じるだろう。
酩酊調とも言われるこの人の文章はほんとににごり酒のように、原初の粗さが保たれていて、ほとんど奇跡だと思う。
私はこの人は、日本文学史において非常に重要な作家だと思っている。

松永K三蔵

011 Lenovo Think PadX270

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DELLから新しく買い替えたモバイルノートPC。キーボードに定評のあるThinkPad。

買ったのは今年2023年。詳しい人なら、あれ? 古くない? と言うだろう。2017年製。確かに古い。

私は書くだけなのでハイスペックなものは要らない。それに、そもそもPCってどんどんプログラムがアプデされるから、もって4年。下手すれば3年じゃないか?

ハイスペックな10万や20万もする高級マシーンを導入しても4年で買い替えだ。それはかなりもったいない。ノートパソコンなど所詮執筆のための消耗品なのだ。「せやから、Amazonの整備済み品で充分やで」と教えてくれたのはWEBデザイナーのK氏だった。彼も仕事でいくつかPCを使うが、やはりひとつは使い倒しの「整備済み品」を使っているという。「整備済み品」とは?

「Amazon整備済み品は、正常に機能するよう検査、修理、クリーニング、テストが行われた再生品、中古品、展示品、開封品を整備済み品としてご購入いただけるサービスです」だ 。

中古が苦手な人もいるかも知れないが、私はただ書ければ良い。で安ければ尚良い。

ということで私が選んだのはコレ。

Lenovo Think PadX270

MS Office 2019/Win 11 Pro/第7世代Core i5 7200U/Webカメラ/8GBメモリ/SSD256GB

詳しい人が見たらいろいろツッコミどころはあるのかも知れないが、とにかく半年経って快調に働いてくれている。

オフィスつき。これで29,800円。安い。

それからキーボード。なるほどライターに支持されるだけはある。良い。芸が細かい。通常キーは指の腹に馴染むように内側にやや凹ませてあり、スペースキーだけは盛り上げてある。エロスを感じる。

打鍵音がややカチャつくのは仕様だろか、やはり中古だからだろうか。まあいいや。

このトラックボールは使わない。もはやただのデザインだな。

で、デザイナは松花堂弁当にヒントを得たらしい。だから太い。四角い。もっさり感も否めないけど、なんかこの感じ良い。耐久性も良いようだけど、そう見える。

シンプルなこのデザイン、気に入っている。

バッテリーも外部から換装できるので、これは長く使いたい。が、やはり重いのだ。毎日リュックに入れて持ち運ぶが、その重さにたまにびっくりされる。ま、トレーニングには良いだろう。

やっぱ実質ですよ、実質。

と言いながら後継機でMacBook Proとか新型のサーフェスとか使ってたらごめんな。

010 DELL Inspiron 11(3185)ノートパソコン

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万年筆と同じく、毎日お世話になってるこの道具。ノートパソコン、まさに愛機。こいつのことを書こう書こうと思っていて書けずにいたが、ついに引退することが決まったので書く。

それまで外で書くのに、ポメラとか、あれこれ試していたけれど、書いてまた移してというのがやはり面倒。ということで2018年に買ったモバイルPC。

PCはあんまり詳しくないから、スペックはわからない。とにかく書くだけだから低スペックだ。2in1とか言って折り返してタブレットになるやつだったが、結局使わなかった。

側面の並んで、電源スイッチとボリュームスイッチがあって、よく間違えて電源切っちゃったり、ちょっと重かったりと、いろいろあったけど使い勝手は良かった。とにかくよく頑張ってくれた。

途中三年目あたりでバッテリー切れが早くなって、バッテリー交換を考えたけれど、何故か不思議と復活して、三時間くらいは耐え忍んでくれた。

しかし、いよいよ私の打鍵にキーボードもグラついてきて、外れ、もう最後は「A」も「I」も「バックスペース」も吹き飛んで、マスキングテープで留めて、なんとか凌いでいたけれど、アイも無くし、もはや戻ることも許されず(打てるけどね)バッテリーは一時間ほどしかもたなくなった。這う這うの体で頑張ってくれたが、いよいよこの度、引退することになった。お疲れ様でした。

DELL Inspiron ‥‥‥インスパイロンかな? 名前もよくわからん奴だったが、約四年間、お世話になりました。ありがとうございました。

ということで、後継機はまた今度 ☞

松永・K・三蔵