037 デカダン文士シリーズ 其の弐 織田作之助 織田作詣り

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いろいろお知らせが多いけれど、ネタはなるべく新鮮なうちに。

ということでデカダン文士シリーズ。(その壱は檀一雄)で、オダサクはまだ出すつもりはなかったのだけれども、先月、大阪福島にあるABC放送の「おはようパーソナリティ」というラジオに呼んでいただき、大阪に行った。

せっかく大阪に来たのだから、やるか、あれ。芥川賞の報告も兼ねて、織田作詣り。

大阪に来ると、たまに私はやるのだ。

もちろんその時のお腹と相談だが、名物カレーの「自由軒」に行く。そこに飾られている織田作先生の写真に向かって、心ひそかに話しかける。

「先生、また来ましたよ」

「先生、デビューしました」

「先生、先生の作品の書評を書きましてね」

「先生、いま、山の話を書いてるんですよ」

もしかしたら先生は言うだろうか。

“せやけど、松永オマエ、俺より安吾さんの方が好きや言うてたやろ?”

「いや、やっぱり“小説”はオダサクですよ」

“ほんまかいな。よう言うわ”

そして私は大事なことを織田作先生に報告しなければならない。

ABC放送横の堂島川

織田作之助も候補になっていた芥川賞。しかし織田作之助は、芥川賞などは関係なく、オダサクだ。

でもやっぱり報告だ。「先生、今回の芥川、直木、関西勢で占めたんですよ」

9月はまだまだ暑いが、福島から難波まで歩く。約4キロ。平坦。歩いていれば着く。

そうして歩いて、道頓堀を渡って、まず行ったのは、やっぱりここ、「自由軒」

昼前に行ったが既に満席

「先生、やっぱエエ男ですね」

“やかましわい”

織田作が残したのはカレーライスやなくて、小説ちゃうんかいな。なんて思うが、まぁそこは大阪だ。「東京にない味」と言うのがいい。たぶんひとり相撲なのだが、大阪はいつも東京をライバル視している。それは関ヶ原以来ずっとだ。

大阪名物 織田作好み

正午には少し早いが、店内は満席。どんどんと来客がある。ドヤドヤという喧騒の中、長机で食堂のようにいただく。

強慾の私は大盛り。

やっぱりうまいで。ちょい辛。織田作もこれを食うたと思うたら、やはり胸熱。

おおきに、ほな代金、ココ置いとくでー。釣りは要らんよってにーと、カッキリ丁度に払うのが大阪流。ではないが、とにかくちゃんとレジで会計を済ませ、次に向かうは法善寺横丁。

法善寺横丁
行き暮れて ここが思案の 善哉かな

織田作之助の文学碑。

水掛け地蔵の横にあるのは、

ご存知、夫婦善哉。

邪魔するでぇ--。とは入りはしなかったが、この後のやり取りを、関西人なら知らない人はいない。

自撮りに四苦八苦していると、撮りましょかぁ? とお声がけいただき、撮ってもらった。「ハイ、ぜぇーんざい!」の掛け声でお互い笑う。

壁には織田作之助の写真、初版の『夫婦善哉』などが並ぶファン垂涎の店内。お椀がふたつ並ぶ夫婦善哉。美味い。お口直しの昆布もいい。

腹が膨れたところで、しばらく東に歩いて難波大社 生國魂神社まで。暑い。

境内にある織田作之助の立像。

これが小さい。子どもくらいの像だ。なんだかあの捕獲されて手を繋いだ宇宙人くらいのサイズだ。いつかデッカい織田作之助にリメイクしないかなぁ、などと妄想。閑散とした境内。暑い最中、参拝客は私ばかり。

それから更に歩いて歩いて、城南寺町。

この辺りまでくると殷賑を極めたミナミの喧騒もまるで嘘のように消失し、どこか乾いた寺町独特の枯淡の風情がある。

この日も酷暑。どこか白く乾涸びたようやく町の景色の中には誰もいない。

賑やかな大阪の風情を描いた織田作だけれど、織田作之助が眠るのは、意外にもそんな町の中だ。

なんだかそんなこもに少しホッとする。

「勝負師」の坂田三吉の、あるいは「六白金星」の楢雄の、哀しみを知る織田作だ。やはり最後は静かな場所で眠ってほしい。

楞嚴寺(りょうがんじ)

織田作之助の墓はここにある。

山門を潜って百日紅。紅が青天に映える。

織田作之助の墓

デカい。織田作之助の墓は尖っていてデカいのだ。歪で魁夷、カタに嵌らなかった西の無頼派、オダサクに相応しい墓碑。

「先生、スンマセン。先生も候補になった芥川賞、貰いました」

“おぉ? それ、俺も候補になったいうクダリいるか? おい松永、オマエなめとんのかい!”

「今日はその報告に来ました」

織田作先生に褒められたかどうかはわからないが、とにかくの晴天、暑いが、晴れやかで気持ちいい。静かなこの町の、墓所の裏には学校があって、ちょうど改修工事で足場がかかり、工事の音と学生の声で賑やかだ。

やっぱり織田作は賑やかな方がいい。

「ほな、先生、また来ます。はい、撮りまっせ。動かんとってくださいよ」

“アホか!動かれへんやろ!”

百日紅の花と織田作之助の墓。

オダサクには百日紅の花がよく似合う。

松永K三蔵

036『山と渓谷10月号』“今月の人”に取り上げていただきました。+“今月の本棚”に小阪健一郎さんによる『バリ山行』の書評もあり!(日乗×お知らせ)

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ええんか? ほんまにええんか?

という戸惑いは正直あった。『山と渓谷』と言えば登山界の専門誌だ。出てくる人は世界的な登山家だ。山野井妙子さんや、角幡唯介さん‥‥‥。とにかく凄い。

そんな素晴らしい山岳専門誌に私のような、ひとり、ちょろちょろと低山を我流で歩いていただけの輩が出ていいものだろうか。

小説は書いた。山の小説。芥川賞もいただいた。が、それは文学界の話。山岳界とはまた別だ。

本格的に山をされている方に、私の山の小説はどう読まれるのだろう。山の描写や山行の様子‥‥‥。不安はあった。「まぁまぁよく書けてるよ、素人にしては」そうお目溢ししてくれれば御の字だと思っていた。

ところが不思議なこともあるもので、山の“ガチ勢”でもあるヤマケイの編集部の方からご感想をいただいた。薮山の描写、登山者の心理も含め、大変に熱いご感想だった。それが今回の記事、インタビューに繋がっているわけだが、私は嬉しさよりも安堵。そしてやはり不思議に思った。

私がひとり彷徨い歩いていた山も、いつか上級者がのぼる高山にまで繋がっていたのだろうか。いや、でも低山や高山、そんなものも我々人間の勝手な分類で、本来、道と同じく、「そんなものはない」のだ。名前すらもない。そこにただ、山があるだけ、なのだ。

めちゃくちゃ山やってる風に写ってる「初心者」

ヤマケイの編集部の方々と六甲山を歩きながら、いろいろとお話しさせていただいた。とても楽しい山行だった。山の話はもちろん、文学の話も聞いていただいた。好き放題喋り散らかしたが、ライターさん、編集者さんが素晴らしい記事に仕上げてくれた。本当に感謝。是非読んで欲しい。

そして写真には、作中で登場する、まさに「アレ」が写っている。うん、アレだ。マステも出てくるけど、アレだ!それは買って見てね。

更に更に、「今月の本棚」では辺境クライマーのリアル妻鹿さんみたいなけんじりさんこと小阪健一郎さんが「バリ山行」の書評を寄せてくださっている。激アツの記事だ。

私は爆笑してしまった!

ヤマケイさん、本当にありがとうございます。

ちなみに私の記事はさておき、今月号は特に「買い」だ。登山アプリや、今更聞けない読図のまとめ、そして登山者永遠のテーマ、レイヤー特集など、めちゃくちゃ良い内容!是非、本屋さんで。

最後に

今回、K2で事故に遭われた平出和也さん、中島健郎さんのお二人に、心よりお悔やみ申し上げます。そしてお二人の素晴らしい実績とそのお仕事に敬意とともに感謝をお伝えしたいと思います。

松永K三蔵

035 余は如何にして「松永K三蔵」になりし乎(か)ペンネームについて GOODBYE ミッフィーちゃん

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まず受賞作の『バリ山行』だが、この山行を(やまゆき)と読んだり、(さんぎょう)と読んだり、果てはその読みの変換からか?『バリ三行』となっているSNS投稿を見たりする……。正確には(さんこう)です。混乱させて申し訳ない。登山界隈では当たり前のこの単語も、どうも世間一般では通じないらしい。

ちなみに、たまにSNSで『パリ山行』となっていたりするのは、パリ五輪の影響だろうから、これは仕方ない。それと老眼……。

芥川賞を受賞したことで、ありがたいことに私のペンネームも少しは世の中に広まった。多くの人が目にすることになり、およそ芥川賞作家のペンネームとも思われぬ、このアルファベット入りの奇妙なペンネームに面食らい、「なんて読むの? コレ」と混乱させてしまっているらしい。

ニュース原稿を読み上げるアナウンサーも困惑し、こんなやりとりもあったのかも知れない。

「これさ、このKってなに? 誤植じゃないの?」

スタッフ「いえ、Kですね。ありますK」

「え、ホント? じゃあ、これケイザブ……、ケイサンゾウ?」

スタッフ「ミドルネームらしいです」

「ん? ミドルネーム?」

スタッフ「松永、ケイ、サンゾウらしいです(困惑)」

つまり佐藤B作みたいな感じで、これを続けて読むと少し違う。ケイサンゾー、ではない。

私はあくまで、三蔵。ケイは別。だから、ケイ、サンゾー。

ちなみにペンネームは家族の名前の組み合わせ。「三蔵」は私に文学を与えた母の父、つまり私の祖父の名前。Kは家族のファーストネームで最も多かったイニシャル。

母と私のエピソード↓(芥川賞、受賞のことば)

https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h8459

そうか、わかった。それはわかった。そんならばお前、ミドルネームならミドルネームらしく、「・」を入れるべきじゃないのか? 藤子・F・不二雄みたいに。

私もそう思う。いや、そう当初のペンネーム(群像新人文学賞応募時)は松永・K・三蔵だったのだ。

ちなみに、この第64回はストレート芥川賞の石沢麻依さん、野間新、芥川賞候補の島口大樹さんという、いわゆる“死の組”だ。「カメオ」は良くやった。

優秀作を頂き、デビューが決まったけれど、すると編集部から、そのペンネームはどうなのか? と「相談」があった。ちゃんとデビュー後のことも考えてくれているのだ。イロモノと思われるんじゃないのか等……。(実際イロモノなのかも知れないが……)

群像文学新人賞は歴史ある賞だ。村上龍、村上春樹をはじめ、高橋源一郎や阿部和重、村田沙耶香など、偉大な書き手を輩出してきた。その純文学の賞にそんなふざけた名前はどうなのだろうか?

しかし「K」は納めきれなかった家族たちの名前、それを外すのは忍びない。それに目立つし、純文学史上ミドルネームは初だろう。

私は抵抗した。かのアメリカのロックバンドのKISSは、デビューする際にあのメイクで演ることをレコード会社から大反対されたが、メーク姿で売れてから、今度はメークを止めると言うと、更に激しく反対されたそうな。そんなエピソードをメールで書いて編集部に送った。生意気な奴だ。

とにもかくにも私はペンネームを再考した。

松永・K・三蔵。ちょっと長いか?

と、そこで私はあることに気づいた。いや、あるものに気づいた。いる。いるのだ。いや、見ている。こっちを。見覚えのある、あの目が。

そう、ミッフィーちゃんだ。オランダの絵本作家ディック・ブルーナのミッフィーちゃんが、こっちを見ている。

松永・K・三蔵。

松永(・K・)三蔵

松永(・×・)三蔵

松永・K・三蔵

一度見えはじめると、もはやミッフィーちゃん(・×・)にしか見えなくなってきた。

あ、これはマズい。私は純文学作家だ。シリアスなものも書く。そこにミッフィーちゃんが出てくるのはマズい。それに、ブルーナ事務所と面倒があっても困る。

そうして、私は「・」を外し、「松永K三蔵」になった。それで何の解決にもなってはいないが、編集部も、多少私も折れたと思ってくれたのか、じゃあ、それで行こうということになって、たぶん日本文学史上初のミドルネーム、アルファベットの小説家の誕生となったのだ。

そしてKISSのメイクを取るように、「松永三蔵」では面白くないと思うのだ。松永K三蔵、やっぱりこの名前が良いと思う。

おしまい

034 第171回芥川賞選評を読む。〝言葉の消え失せた地〟

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改めて選考委員の先生方の顔ぶれを見ると、

感慨深いものがある。

いつものコーヒーショップで

 

一番強烈な印象があるのは平野先生。

1998年、夏。私はあの衝撃を忘れることができない。当時私は18歳だ。十代。無鉄砲(バカ)。

浪人時代で、私はいつも西宮中央図書館で勉強をしていた。

いくつも小説の断片を書き散らしながら作品を完成させられなかったが、私は自己の天才を信じて疑わなかった。……バカだから。

――天才が文壇に衝撃を与えるまで、あと〇年。(その時歴史が動いた風にやる)

――今、この天才が浪人生として世を忍んでいる。

――天才が夙川沿いで今、弁当を食べている。

などとひとり頭のなかで独白しながらニヤニヤしている〝ヤベえ奴〟だったわけだ。

勉強に倦むと、図書館の入り口近くの雑誌コーナーで文芸誌を読み、ケッと悪態をつくような、全くどうしようもない奴だった。(このあたりについては菊池寛作「無名作家の日記」を読んで欲しい、ほとんどそのまま)※青空文庫にある。

そんな私がある時、ふと手にした『新潮』に一挙掲載された平野先生の「日蝕」を眼にして、大袈裟ではなく脚が顫え、口の中はカラカラに干上がった。ニセモノの天才が本物の天才を眼にした瞬間だった。

「最後の息子」で文學界新人賞した吉田修一先生のデビューもその図書館で見た。

川上未映子先生が芥川賞を受賞された時の新聞記事もその図書館で見て、今でもよく覚えている。

山田詠美先生。先生の作品は大学のゼミの研究対象にもなった。アントニオ猪木のビンタよろしく、今回、私の作品も、エイミー節で「平凡。もっと挑戦しなよ、ヘイ、カモン!」とでも書かれてズバリと斬られてみたい気もしたが、意外にもエールを贈って下さった。

小川洋子先生、たぶん生活エリアは同じのはずだ。

そんな先生方に選評を頂けるのは、何だか現実感がない。いずれもありがたい選評だ。

当代一の書き手を集めた芥川賞選考委員。おもしろくないわけがなくなくなくなくない(合ってか?)。選評の中に否が応でも名言が出てくる。それをいくつかご紹介。※本文は『文藝春秋』で読んでください。

「肉体の迷路を進み、言葉の消え失せた地まで行き着かなければ、小説は書けないのかもしれない」(小川洋子先生)

「シフトって言葉、まったく文学にそぐわないよ。センスない。ばか、ばか、F××K!」(山田詠美先生)

「優れた小説というのは必ずこの「間」を持っている」(吉田修一先生)

「けれど、その「出来ないこと」が、それぞれの小説を書かせてくれた――」

「結局今も時々、わたしはナンバで歩いてしまいます。」

「虚数は、そこにないものではなく、虚数として、そこにあるのです」(川上弘美先生)

「どう書かれているか(how)が重要であり、極端な話、Whatがほとんどなくても面白い小説は書きうる」(奥泉光先生)

たまんないな。最高だ。

中でも私は小川洋子先生の、もう一度引用するが、「肉体の迷路を進み、言葉の消え失せた地まで行き着かなければ、小説は書けないのかもしれない」この言葉に強く感銘を受け、共感する。それは私も常々考えていたことだ。

小説というのは言語芸術だけれど、その対象とするものは〝言葉にならないもの〟なので、それを言葉であわらそうという小説というものは、非常にパラドキシカルな芸術なのだ。

私はあらゆることを使ってその〝言葉の消え失せた地〟を体験しようとしている。

もちろん、その地に連れて行ってくれる文学作品もある。しかし、もしかしたら「文学」なんて概念ももっていない人の眼の奥にこそ、どこまでも純粋な〝言葉の消え失せた地〟があるのじゃなかろうか。そんなことを思う。カナンを目指す私の旅は続く。

松永K三蔵

033『新潮』8月号と『文學界』8月号にエッセイを掲載していただきました。(お知らせ×日乗)

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「新潮」と「文學界」、同時にエッセイを掲載していただいた。(7/5発売)

お話をいただき、同じ月の号になった。両誌ともに初登場エッセイ。

初登場なので、私の文学マニュフェストとも言うべき内容のエッセイで、それは互いにリンクしている。

寺院の門に据えられた阿吽の仁王像のように一対になっていて、両方とも読んでいただければオモロさ倍、いや三倍だ。そんなオモロイエッセイとなっている。

まずは『新潮』

『新潮』8月号 私は道になりたい

「私は道になりたい」 ん? もしかして、コレってアレか? アレなのか? 勘のいい人は気づいただろうか。どうだろう。それは誌面で確かめてくれ。こちらには私の心の師である、坂口安吾、シモーヌ・ヴェイユの御両名にご登場いただいた。

それから『文學界』

『文學界』8月号 押せども、ひけども、うごかぬ扉

このタイトル。好きな人なら、すぐにその出典を言いあてるだろう。そう、太宰治だ。日本文学界のスーパースター。けれど、正面切って好きだとか、影響受けたとかは何故か言いにくい。そんなビートルズ的な存在だ。メジャー過ぎて、迂闊に手を出しにくいのだ。でもやっぱり偉大。天才。そんな太宰をフューチャーして書いた。

オモロイエッセイなので、皆さんどうぞ、書店で買って読んでみてくださいね。

そして『バリ山行』の単行本が出る。

それで三点。三点支持だ(山)。三蔵、三点セット、全て読んでオモロさ九倍だ。

ということで、単行本もよろしくお願いします。「群像」掲載版よりブラッシュアップされ、文章のキレが格段に増しております。表紙も奥深くて鉱石のように美しい装丁の本ですよ。

松永K三蔵

032 第171回芥川賞候補に選んでいただきました。感謝。(お知らせ×日乗)

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「バリ山行」(群像3月号)です。単行本にしていただけるとのことなので、皆さん本屋さんでお手に取ってみて(買って読んで)ください。

今はあまり言うこともないので、報せを受けた時の感じを描いて、置いておきます。さすがに慌てた。

えぇッ!

031 デカダン文士シリーズ 其の壱 だいたい笑っている檀一雄

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昨年9月、私は『群像』10月号の「文一の本棚」(講談社の文芸第一から出版された本から好きな作品をチョイスして書評)を担当させていただいた。なんでもOKということだったので、私は群像文芸文庫の「昭和期デカダン短篇集」なんて時代錯誤のアンソロジーをチョイスした。

私は意図してデカダン作家を選り好んでいるわけではないが、私が心惹かれ作品は、何故か高確率でデカダン作家のものになるのだ。残念ながら、中には今ではあまり読まれなくなっている人もいる。ということで、私の好きなデカダン作家を、思いつくまま、全くランダムに紹介してみようと思う。そんな感じなので、一応、其の壱とさせていただく。其の弍もまた、そのうちに。

檀一雄(1912-1972)

あの女優の壇ふみさんのお父さんだ。

言わずと知れた太宰の盟友。そしてまた、安吾のよき理解者、友人でもあった。そんなデカダン両巨頭に挟まれて、その友人、証言者的な(実際に二人の名前そのままタイトルに作品にもしている)扱いをされがちな檀一雄、しかし作品はめちゃくちゃ良い。そりゃそうだ。彼らふたりと五分で付き合えたのだから。

派手な逸話が多い太宰や安吾。ふたりとも精神的変調があったが、檀一雄は至極健康。健康過ぎた。そして素面(しらふ)でヤバい。いや実は二人よりもヤバい奴なのかも知れない。

檀一雄もヤバい奴だが、この友人二人が手がかかる。すぐ死にたがる太宰、被害妄想の安吾。放っておけない。放ってはおけない檀一雄の面倒見の良さは、その生育環境から来たものだろう。九歳の時に母親が若い医学生と出奔した。以後小学生の自炊がはじまる。『檀流クッキング』は早くもこの時にはじまったのだ。結婚し、病身の妻リツ子の看病、親族、家族の面倒もあった。その後も寝たきりの次男、家庭のこと、いろいろあった。実際どこまで面倒を見たのかはわからないが、とにかく檀一雄には「まとも」であらねばならない事情がついてまわった。その放埒、不羈の精神に反して。

当然、それらは作家の中で争うことになるのだが、檀一雄の偉大さは、そのほとんどで「負け」たことだ。つまり放埒に走った。妻を子を置いて中国に渡り、家族を放ったらかして女優と不倫。好き放題やった。困った人なのだ。

さて作品だが、デビュー作は「此家の性格」。ここには抑圧され、暗い翳を背負わされた少年時代の心象風景が驚異的な解像度で書かれている。暗鬱さは自らをも蝕み、その迫真が作品の強度を効果的にあげ、放埒と放浪への予感につなげているのだが、それはまさに作家、檀一雄のマニフェストとも言える。

初期の出世作の「花筐」は、いわゆる青春群像劇だが、この作品を私は良いとは思えない。もちろん非凡の人ではあるが、檀一雄は決して天才タイプではない。どうも作品には自らの天才を恃んで書いたようなところがあって、まわりも、これは天才の作品なんじゃないか? と評価したんじゃないかと思う。後年の作品から照射すれば、私には文芸的な器用さだけ目立つ作品に思えてしまうのだ。

そして、ベストはやはり『リツ子・その愛』『リツ子・その死』じゃなかろうか。『火宅の人』もちろん良いけれど、個人的にはやはり『リツ子』だ。日本文学史上屈指のヒロイン、静子がいるから、やはり『リツ子』だ。拾い読みで再読しても泣けて泣けて仕方ない。美しいのだ。愛妻の物語が? いや違う。その放埒が。

"行こう、と私の決心は強まった。黄河を見たら引返す。黄土層に咲き出した梨の花を栞にして、一ひらを老師の手に、一ひらを妻の手にら、それから憶良のようにボソボソと支那のお伽話を、わが子の寝物語に聞かせてやれば、それでよい”

のっけから良い。めちゃくちゃ良い。因みにこの老師とは佐藤春夫だ。

"やっぱり、太郎を連れ出して見たかった。幼年の日の山と川を、親子二人して歩いてみたかった。私は、行衛の知れぬ自分の心の来源を確めたい。櫨と、小松と、清流の上にかぶさる竹藪と、なだらかな雑木の丘陵を、夢のように朧ろな、昔の追憶の篩いで洗ってみたい。”

抜き出せばキリがない。文章も良いが、長篇小説全部がうねる巨大な詩になっている。母方家族との確執、息子太郎。もちろんリツ子。可也青年。そして静子。悲哀すらも丸呑みにして喝采する。リツ子の死のシーンはものすごい筆致。未読の方は是非読んで欲しい。

新潮文庫の装丁も最高だ。

檀一雄を画像で検索すると、だいたい笑っている。笑ってる場合じゃない! なんてことも散々やらかして来たのだろうが、なんと美しい笑顔だろう。

檀一雄は快活に笑う。快男児。快晴。仮に太宰が曇り空なら安吾は雷雲。そして檀一雄は抜けるような晴天だ。しかし、どこまでも青い蒼天は、どこかふと哀しい。哀しいが、哀しいことも丸呑みにして檀一雄は笑う。盟友太宰を送り、"安吾さん"を送り、ひとり残って溌剌と戦後を生きたのだ。

030 「バリ山行」試し読みweb公開【講談社 現代メディア】(お知らせ×日乗)

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「バリ山行」(群像3月号掲載)の試し読み記事をつくっていただきました。本日、講談社 現代メディアの群像で公開されました。ありがとうございます。

また勝手に描いた(非公認)

「バリ山行」の冒頭は X (旧Twitter)にページ画像で公開されていたので、今回の試し読みは、冒頭ではなく「バリ」が何かわかる序盤のハイライトシーン。私も好きなシーンだ。

読んでいただければわかるが、ここでMEGADETHが出でくる。え? メガデス?

わかる人は世代だろうか。そうだ、メタルBIG4の一角、メガデスだ。もっとも私はメタルと言えばPANTERA(パンテラ)一択なんだが--。長くなるので今、それは措く。

いや、敢えて措かずに繋げてみようか。

パンテラと言えばフロントマンはVoのP・アンセルモ。初期のロングモヒカン片流れスタイルからスキンヘッドにし、それは伝説的なギタリストD・ダレルの赤髭とともにパンテラのアイコンとなった。

そしてスキンヘッドと言えば、「バリ山行」の執筆中、ずっと私の意識にあったのは、F・コッポラの映画『Apocalypse Now(邦題:地獄の黙示録)』の、マーロン・ブランド演じるカーツ大佐だ。つまりコンラッドの『闇の奥』のクルツ。

密林の中、川を遡り、その先に超然と存在するもの。

理解や共感を拒み、ただひとり、道を外れて突き進む。薮を漕ぎ、枝を潜り、岩を越えて流れに足を入れ、山を歩く。その先に何を見るのだろう。そんなことを考えながら書いた。

そんな小説。

皆さん、どうぞ「試し読み」をお楽しみくださいませ。

↓↓↓

イッキ読み必至!先行の見えない世の中において、確かなものとはどこにあるのか…?
不安定な現代社会を鋭く描く、新たな山岳小説
https://gendai.media/articles/-/125615
4月4日(木)公開。

029『文學界』4月号 新人小説月評に「バリ山行」を取り上げていただきました。そして思ったこと(お知らせ×日乗)

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評者は渡邊英理さんと、宮崎智之さん。お読みいただきありがとうございました。

感謝の気持ちを込めて、文學界4月号の表紙を描いてみた。特に意味はないのだけれど。

渡邊英理さん。言語の共有性について書かれた冒頭の文章が非常に印象的だった。

小説を書くことは、自己を掘り下げることで、それはどこまでも"たったひとりのわたし"の行為なのだが、"共有可能な普遍化"された「ことば」で書くということは、やはりどこかに他者を想っていて、それは物理的には掘り進めた先に世界が拡がることになる、このパラドキシカルな地球という球体に住む我々への示唆でもある。離れるということは、つまり近づくことでもあるのだ。

渡邊さんは、「バリ山行」を二つの危機を並べて、現代社会を批評する作品だと評してくださった。我々は日々何の為に生きるのか。生き延びねばならないのか。そもそも生きるとは何か。社会的な存在としての自己、あるいは生物としての自己。個、他者、関係性。いや存在の概念は自己を超越し得るのでは--。(その手がかりは他者不在を仮定した山で体験する幻想にあったのかもしれない)というテーマはまた今後の作品に引き継いでいく。

評題「分かると分からないのあわいで」いい言葉だ。分かるということの横暴さを引き受けて、脂汗を流しながら、しかし分らず、問い、問いながら書き、そのあわいでとどまり続けること。そんなことを思う。

宮崎智之さん。「不確かな世界と言葉」この評題も好きだ。世界とは、必ずしも大きな世界だけではない。それぞれの世界があり、社会という世界があって、コミュニティ、職場、学校、家庭、あなたとわたし、わたしだけの世界もある。それがどれほど小さく、また卑小なものであったとしても、嗤う勿れ。例えばひとりのこどもの世界の切実さは、最も大きな世界のそれと等しい。この世界がどのようにして成り立っているかを考えれば、それは当然なのだ。

全く世界というものは不確かで、私たちは常にその変転に晒され、流され、のまれ、そうして抱かれている。そんなフラジルな世界の不確かさこそが受容に転換されるはずだ。というのも今書いている作品のテーマだったりする。

"不確かさに身を晒し(中略)恐る恐る辿るうちに視界がひらかれていくのかもしれない。言葉を書き、読み、つないでいくことも、そういった営為なのではないか"(宮崎さんの時評より)

私もそう思います。

奇しくも今回の二つの評には互いに親和性があったようだ。読んでいて私は無性に小説を書きたくなった。

028 「バリ山行」の追い込み中にウサギに殺されかけた話

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今月は掲載月なので宣伝の為に「日乗」投稿も増やす。

今回の原稿の校了まで、かなり慌ただしい進行だった。しかし原稿の締め切りが明後日に迫った週末、私は娘とウサギカフェに行く約束をしていた。

娘よ、すまん。日本文学の為だ、今週は諦めてくれ。そう思って延期を申し出ようと思っていたが、妻から娘がとても楽しみにしていると聞いた。

でも俺はデカダン、無頼派だから(群像2023年10月号文一の本棚「昭和期デカダン小説集」書評参照)娘とのウサギカフェの約束くらいは簡単に反故にする。

と、思ったが、いや今こそウサギに触れてリラックスするのも、案外、創作に良いインスピレーションを与えてくれるんじゃないだろうか--。などと考えた。決して娘に約束を断れないからじゃない。俺は無頼派だから締め切りの近い原稿を放り出してウサギカフェに向かった。(一応原稿は持って行ったけれど)

そうしてコーヒーを飲んでちょっと原稿をやり、いざウサギさんとの触れ合いタイム。ガラス戸で区画されたウサギルームに。幼気な小動物の癒しパワーが私に創作のインスピレーションを与えてくれるはずだ。

フワフワと柔らかいウサギたちを抱っこして程なく、私は胸のあたりに何かを感じた。来た。胸を騒がすような、いや、しかしこれはインスピレーションではなく、気管を内側から毛で撫でられるような違和感。

私は咽せた。ん? 痒い。あ、ヤバい。これ。私手で胸を押さえる。「え? どうしたん?」と妻。ごめん。と慌ててウサギルームを出る。喉を伝って沸き上がるような内側からの痒み、ざわざわと胸の中が騒つく。あ、これ、俺なんかのアレルギーやろか。咳き込む。ヤバい、これあれやろ、アナフィラキシーやろ。ゲホゲホゲホ。

私は喘息持ちである。ヤバい締め切りがあるのに、ウサギカフェで呼吸困難って、「すみません、原稿ダメでした。いや、ウサギが、その‥‥」と編集部にアホな報告をしなければならないのか。洒落ならんでコレ。いや、下手をすれば遺稿。未完の遺稿。同じ兵庫県出身の故車谷長吉先生は烏賊にやられたが、もしかして私はウサギだろうか‥‥‥。松永K三蔵、ウサギに殺される。そんなことも考える。

ウサギルームを飛び出して、洗面所でうがいして、顔を洗い、手を洗ってやっと少し落ち着く。

ふぅ、ふぅ。危なかった。癒しと霊感を求めて来たのに、危うくウサギに殺されるところだった。

そうして私は辛くもウサギに殺されず、インスピレーションは受けたかどうかわからんが、なんとか「バリ山行」を校了したのであった。

みんなもモフモフウサギさんには気をつけね。

ちなみに原稿追い込み期間中、実は妻の誕生日だったが、ほとんど徹夜の日もあったりで、それを私はすっかり失念していた。

校了して、あ、と気づいて「ごめん……」と謝ったが、妻は「誕生日? そんなんどうでもエエねん!」と全く天晴れな女傑振り。いつもほんとお世話になっております。

松永K三蔵

◾️宣伝◾️ 群像2024年3月号(2月7日発売)

神戸、六甲山が舞台の山の小説です。

「バリ山行」自主制作CM