神戸新聞〈随想〉二回目を書かせていただきました。

巳年なんでヘビのネタ。
そして小説を書くこと、創作の心構えのようなことを書きました。
ネットはこちら↓
https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/culture/202501/0018592499.shtml
松永K三蔵
神戸新聞〈随想〉二回目を書かせていただきました。

巳年なんでヘビのネタ。
そして小説を書くこと、創作の心構えのようなことを書きました。
ネットはこちら↓
https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/culture/202501/0018592499.shtml
松永K三蔵

これはもう!めちゃくちゃ嬉しい!!
山中賞といえば毎年二回、四国最大級の書店、高知県TSUTAYA 中万々店におられるカリスマ書店員、山中由貴さんが、半年に一番おもしろかった、どうしても読んでもらいたい本を選ぶのだ。
その知名度と注目度は全国クラス。当然本好きの人はどの作品が選ばれるのか注目している。既に12回。過去の受賞者には、例えば純文からも、川上未映子さんや阿部和重さんなどそうそうたる書き手の方がズラリ。
↓経産省の紹介記事
https://journal.meti.go.jp/p/36365/
それこそ新芥川・直木賞の前日に発表されるのだが、芥川賞×山中賞というのは初じゃないだろうか?
とにかくスゴいのが山中さんのPOPやフリーペーパーの作り込み、クオリティの高さ!そしてこの帯!堂々。高知県の中万々店で買えます!(山中さんから読者の方へ手紙もついてます)


今ならサイン本もある!

得意のイラストを活かして、本が読みたくなるワクワクする工夫が凝らされている。


絵がすごくうまい。漫画家志望だったとか。納得。

お店で配られる山中さんお手製のフリーペーパー。見てるだけで楽しい。

裏には山中さんからの読書の方へのお手紙。そして私の受賞のことば。
山中さんからいただいた山中賞のかわいい賞状。



そして発表動画。私の仕込んだネタ動画もうまくMIXしてくれた。ラストの緊張しまくってる私は飛ばしてくれ。汗。
オモロイ純文運動。オモロイ品質保証の山中賞をいただいたので邁進します! 「本なんてつまらない。純文学ってなに?」という人にまで純文学を届けるために。
松永K三蔵
日日是好日、第二回目を書かせていただきました!

一回目のテーマはずばり「山」でした。
二回目は「犬」。
私は犬の小説『カメオ』でデビューした。飼い犬がモデルだ。
今だから白状するが、『カメオ』は半分ネタで書いた。全く期待していなかったが、とりあえず群像に送ったら、それが新人賞に引っかかった。
もしかしたらそういうことが良かったのかも知れない。何事も脱力がキモであるから。
結婚したばかりで、妻は犬を飼うと言い出した。彼女の子どもの頃からの夢だという。私は正直どちらでも良かったが、犬を飼って、私もすっかり犬に夢中になった。そして犬と日々を過ごす中で、いろいろな感慨をもった。そんなことを小説に書こうと思った。だから『カメオ』は犬を飼わなければ書けなかった。つまり私は飼い犬にデビューさせてもらったのだ。

この犬がモデル犬。ロク。六甲山のロクだ。犬種は異なるが、幼い頃のエピソードやその動作など、いろいろ材料を採っている。

妻の影響で、すっかり犬にハマった私だが、今ではもう一匹飼っている。黒い犬。そして名前はまさかのクロだ。それぞれ性格が全然違っているのは写真の通りだ。
一回目の日日是好日はアウトドア雑誌の誌面にしてしまったが、二回目の今回はペット雑誌にしてしまったようだ。

犬はいい。ほんといい。
松永K三蔵
2024年10月。少し落ち着いた頃、新しい万年筆を買った。芥川賞受賞記念として。万年筆愛好家なら誰でも知っているだろう。デルタのドルチェヴィータ。
ペリカンのトレドも考えたが、流石に持ち歩く実用には躊躇うお値段……。
でも、このデルタ、ドルチェヴィータも私の中古パソコンより高額。パソコンはせいぜい四年だが、万年筆はまさに万年。惜しくはない。
デルタについてwiki的な話は各々調べてくれ。
イタリアの万年筆。


火焔のようなこのオレンジ。
美しい。イタリアのスポーツカーみたいに派手。

憧れの一本。箱も豪華。

シルバーだけれど14Kゴールドニブでしなやか。
そしてこちらはもちろん、いつもお世話になっている神戸元町の万年筆の名店「pen and message」さんhttps://www.p-n-m.netで購入させていただいた。好み通りの書き心地に調整いただける。


いつもありがとうございます。
ほんと最高の書き心地。なるほど太い軸は楽で、意外にも繊細な動きもできる。即スタメンレギュラーに。

ペンケースに収まった。
このデルタドルチェヴィータで新しい作品、ガシガシ書いています。ありがたいことです。
松永K三蔵
ごめん。パソコンを買った。前回、「道具函011のノートパソコン(Lenovo Think PadX270)を買った」記事で、「サーフェスとか買ってたらごめんな」と書いていてたが、ごめん、買ったわ。

言い訳をするなら、芥川賞を受賞してからパソコンを持って移動するということが格段に増えた。かなりヘヴィなLenovo Think PadX270の重量も「トレーニング」だと嘯いていた私も降伏。
でももちろんこのsurfaceは最新モデルではない。サーフェスX。これ、10なのか?
よくわからんが、例の如くAmazon 整備品。10万弱。画面背後のキックスタンドで立って、キーボードはペラペラだが、何よりタブレット使いができるので、これまでiPadでやっていたPDFのゲラにも対応できる。

丁度そんな頃、定職のパソコンもこのタイプのタブレットPCになった。キーボード具合を確認したが、まぁまぁThinkPadまでとはいかないまでも及第点。
ということで、軽いし、タブレットPCは必須なので買い替えた。ThinkPadはバックヤード、つまり自宅据え置き事務処理専用に。
ところで、このsurface X。黒い。

ここはこだわった。デザインを? いや違う。私は何より実質を愛する。最新のパソコンはMacBookもそうだけど、シルバーが主流だ。しかしそれでは困る。とても困る。なぜか……。
あまりココでも大ぴらに書くのは憚られるが、実は近頃入れ替わった定職のタブレットPCもブラックだからだ。あまり詳しくは書けないが……つまりそういうことだ。
松永K三蔵
2024年8月23日、帝国ホテルで行われた第171回芥川賞贈呈式のスピーチの内容を、一部編集して掲載します。

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十四歳の時、母に勧められた『罪と罰』を読んで、私は私の『罪と罰』を書こうと思い、小説を書きはじめました。
三蔵と言うこのペンネームも母の父、私の祖父の名前です。母のことは、これまでいろんなところで書きました。
私はいつか、自分の『罪と罰」を書こう思いますが、『カラマーゾフの兄弟』はどうしても書けそうにありません。
今日は父の話をします。
芥川賞のことを最初に口にしたのは父です。
小説家を夢見ていた十代の私は、父から「芥川賞とっても食っていけないんだぞ!」と諭されました。
呆気にとられました。私は小説家を志していても、まさか芥川賞などとは夢にも思わなかったのです。夢みがちな私と違い、父は徹底したリアリストです。その父が、何を思って芥川賞などと口にしたのか。それはわかりません。
それから二十五年以上経って、私は芥川賞の候補になりました。
七月十五日、芥川賞の選考会の二日前。私は候補の報告も兼ねて、ひとりで暮らす父を訪ねました。
久しぶりに外で食事をということになり、私は父の好きなお鮨をご馳走させて欲しいと言いました。
すると父は「スシローに行こう」と言うのです。
私も寿司はスシローと決めていますが、今回ばかりは、回らない鮨でもいいのでは?と説得しました。
しかし結局、スシローよりも少しいいお値段の回転寿司に行きました。
何でも好きなものを、と私は言ったのですが、父はセットメニューから「これで」と一番安いセットを指すのです。
選考会の日、結果は18時か19時、当日すぐに電話をするから待っていて欲しいと頼みましたが、夕方は散歩や夕食の支度で忙しいのでメールにしてくれと父に断られました。
そして当日、私は芥川賞に選出され、すぐに父に電話をしました。が、やはり電話には出ず、私はメールで父に受賞を伝えました。返信は「良かったな」それだけです。
その後、会見をして、翌日から取材対応や挨拶まわり。移動中の車内や空港のロビーで依頼されたエッセイを書き、やっと関西に戻ったのは週が明けてからでした。
まず私は母の墓前に報告に行きました。それから、もう既に夕方でしたが、私は父にメールで「今から報告に行くから」と送りました。
父から返信がありました。
「まずは体を休めなさい」
偉大な父は、やはり今日もここには来ておりません。たぶんリビングで将棋でもさしているのだと思います。もちろん父もこの賞の大きさはわかっています。そして誰よりも受賞を喜んでくれています。
しかしおそらく父は私に、賞よりももっと大きな何かを伝えたいのだと思います。
私のペンネームの「K」は家族で一番多かったファーストネームのイニシャルです。父のファーストネームのイニシャルも、もちろんKです。今後、私は、このKの正式名を訊かれることがあれば、父の名前を名乗るつもりです。
松永K三蔵
本はあまり売れなくなって、書店は閉店が続くけれど、書きたい人は右肩上がりに増えているという。パソコンやスマホの普及、そんなツールのおかげもあるだろう。
しかし、あるいは「書かざるを得ない」人も増えているのかも知れない。
私は、小説を書くことは楽しいが、「書かざるを得ない」ということもある。それが幸福と言えるのかと問われれば、わからない。

書かざるを得ない人が増えているというのは世の中的にはあまりいいことではないだろう。本来、人間は衣食住足りて、そこそこのサーカスと(嘘でも)それなりに希望があれば、別段あれこれと考えることはなく、その日一日、それぞれ意識せぬ諦念の中にも幸福に寝床に帰り、また翌朝起きて、そうして一喜一憂しながら死ぬだけだ。
生きていれば、不意に悲劇に見舞われることはあって、しかしそれだってちゃんと納得いくように解釈、注釈、辻褄合わせが用意されたり、自らつくりあげたり、「まぁそういうもんやから」と自らポンポンと頭を叩いて、納得して折り合いつけて、今現在のこの時代と社会との常識に照らし合わせて、生きていくのがある意味で「人生」というものかも知れない。
ところが中には、その悲劇の打ちどころが悪かったり、往生際が悪いというか、物分かりがよくない人たちがいる。納得がいかないという。ちょっと言わせてくれと言う。いやお前、そんなことより目の前のさ、実地の生活をしろよ。しますよ。した上でちょっと言わせてください。なんて奴は余計に始末が悪いのだけれど、まあ、つまりはそういう人たちが小説を書かざるを得ない人種というわけだ。

そういう小説家志望の人に、私の経験がどれほど役に立つのかわからないが、うまくインタビューしてくれたので読んでみてほしい。
もちろん小説家というのは一応はプロ、つまり原稿料をもらう人だろうけれど、原稿料が出ようが出まいが、一言物申したい人は、物言い続けるだろうから、小説を書くというところの「本当」はまさにここにあるのだと思う。
記事はコチラから
https://book.asahi.com/article/15507766
松永K三蔵
XDマガジンにインタビュー記事を掲載していただきました!

テーマは「掘る」。
小説を書くことは自己を掘り下げること。

ただひとり、掘り下げて掘り下げていくこと。
それは光のささない洞穴であろうか。

いや、掘ったその先には、ひらかれているはずだ。

我々は球体の上に生きているから。

やるならとことん。突き抜けるまで。
XDマガジン、めちゃくちゃ高品質なので是非お手にとってみてください。
松永K三蔵
エルマガジンと言えば関西人におなじみの雑誌て、その誌面づくりはとてもセンスに溢れている。さりげなく持っているとオシャレだ。
特に私は「MEETS」が好きで、内容の充実はもちろん、とにかく誌面のデザインがずっと保存しておきたくなる格好良さだ。
そして今回のMOOK
書き下ろしスペシャルエッセイ「六甲山、修験ルートを歩く」を書かせていただいた。

https://www.lmagazine.jp/mook/MOOK6190878/
素敵な写真の表紙にも私が登場。ありがたいような、もうしわけないような。
もちろん内容もデザインもとてもいい。


内容充実。

そして巻頭には私のエッセイ。

……ちょっとこの撮影日の前日まで寝込んでいて、顔が内田百間みたいになっている。

それはさておき、このエッセイ、テーマは「開運」でもスピリチュアルに偏らず、霊場や磐座で感じる何か、にスポットをあて。ならばということで私はかねてから興味のあった六甲山の修験ルートを辿ることにした。そこで感じたこと、考えたこと、それをそのまま文章にしようと思った。

つまりどうなるかわからないルポ風のエッセイ。
半日かけて山道を歩く。23キロ。
いろいろ考えることができて、また書くことができた。私にとってもとても思いれのあるエッセイとなった。

読んでみてください。
松永K三蔵
「群像」には単行本になると「本の名刺」なるコーナーに自著紹介エッセイを書かせてもらえることがある。

その本に、作品にまつわるアレコレ。
私のデビュー作『カメオ』もいろいろ語ることがある。
インタビューで、よくモデルがあるのですか?と聞かれることがあるが、この『カメオ』には明確なモデルがいる。

私の飼犬だ。
彼とはもう10年以上の付き合いだ。

彼にデビュー作を書かせてもらった。
つまり彼がいなければ私はデビューしていないのだ。そのことは私の「群像新人文学賞優秀作」受賞のことばに書いている。「掲載・出版」コーナーから読んでいただけます。

どうぞみなさんこちらも読んでみてください。
松永K三蔵